トランプの高関税政策は「国難」ではなく「好機」だ

この記事は約3分で読めます。

白川真澄

自動車産業が吹っ飛ぶ?

トランプは、米国が主導して築いてきた戦後の世界秩序を次々に破壊しつつある。第1に、国連だけでなくNATOや日米安保にも不信を投げつけ、国際協調主義を否定しつつある。第2に、「米国ファースト」の立場から自由貿易主義を非難し、高関税政策を導入して米国の製造業を国内に復活させようと企てている。

とくに輸入される鉄鋼・アルミおよび自動車に25%の追加関税をかけ、さらにすべての国に対して「相互関税」(一律10%プラス各国ごとの税率)を課すという政策は、日本の政治・経済界を震え上がらせた。石破首相は「国難」だと絶叫し、立憲民主党の野田代表もこれに同調する有り様だ。たしかに、自動車および部品に対する25%関税(これまでの2.5%から27.5%へ)は、長らく自動車の対米輸出に依存してきた日本経済のあり方に大打撃を与えるからである。日本の自動車産業は、米国内(およびメキシコなど)での現地生産を増やしてきたが、いまでも年137万台を米国に輸出し、約6兆円を稼いでいる。自動車は関連部門を含めると558万人を雇用し、輸出の2割を占め、日本に残された唯一の競争力ある産業である。これが25%の追加関税で吹っ飛ぶと、日本のGDPは0.52%のマイナスになる。潜在成長率が約0.5%だから、ゼロ成長に落ち込むわけである。

賃金が10倍も高い国で製造業は復活できない/トランプの妄想

米国は、年1兆ドル近い貿易赤字を出している。そこで、トランプは「貿易赤字によって米国は搾取されている」という珍妙な論理を持ち出してきた。しかし、この貿易赤字は米国に何の損害も危機も与えていないのだ。第1に、米国の消費者は、世界で最も安い商品を買うことができている。もし輸入している自動車や玩具やアボカドを国内で作れば、貿易赤字は減るが、その価格は一気に跳ね上がり、消費者はインフレに苦しめられるだろう。第2に、相手の貿易黒字国が貯め込んだドル資金は、米国の株式や国債を買う資金として大量に流れ込み、金融の繁栄を支えている。巨額の貿易赤字にもかかわらずドル高が保たれ、米国にマネーが流入し続けている。

米国はすでに鉄鋼や自動車などの製造業を海外に移転し、金融化・情報化資本主義に変質することによって繁栄してきたのである。だが、その代償は、製造業労働者が仕事と安定した賃金を失い、低賃金のサービス労働者に転落し、置き去りにされたことである。そこで、トランプは高関税によって製造業を復活させる政策を打ち出した。しかし、自動車を国内で生産すると、メキシコより10倍も高い賃金を支払わねばならない。iPhoneを米国で作ろうとすれば、中国の2倍の価格で販売せざるをえない。世界一の高賃金国で製造業を復活させるという政策は、ラストベルトの労働者に幻想を与えても、結局は大いなる妄想に終わらざるをえない。

対米自動車輸出に依存する経済から脱却せよ

トランプの政策が自動車産業に壊滅的打撃を与えるとすれば、日本はどのような選択をすればよいのか。政府には、自動車関税の引き下げや撤廃を哀願し続けるしか策がない。ひたすら対米自動車輸出に依存して経済成長をめざしてきた日本経済のあり方を転換することが迫られているのだ。言いかえると、ケア・食と農・再エネを中心にした脱成長経済に転換する好機が来ている。限られた資金(財政)と不足気味の労働力を社会的必要性の最も高いケアなどの分野に集中的に投入する。対米依存型の経済からの脱却は、また米国の軍事力に一体化する安全保障政策から脱け出すことと結びつく。米中対立のいずれにも加担せず、韓国やASEAN諸国と連携して非軍事・対話と交渉の外交を進めるべきだ。