ウクライナ“戦争”を泥沼にしたのは米国政府だ

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原題: ウクライナ民衆にひろがるアメリカ嫌悪

ウクライナの人々は米国がウクライナを破壊したことに気づき始めた

マット・ビブンス
訳: F.O.

<訳注: 2023年12月11日付の“Ukraine’s Percolating Hatred of America”と題された記事を翻訳したものである。この記事は The 100 Days ブログに掲載された。>
文中の <…> は訳注である。

こんな“おっかない”ビデオを見つけた。ウクライナのどうということのないホールに集まった徴兵されたばかりの兵士に、若い歌手が勇気づけているところらしい。刈り上げ頭の男たちは嘘っぽい赤ビロードに腰掛け退屈そうな仏頂面で、中にはスマホを見ている者もいる。

<“おっかない”ビデオ X (Twitter) に投稿された24秒間のクリップ。2023年11月21日の映像に重ねて表示されている сктомогильник は墓地、80歳の老人、などの意味がある。>

徴兵された男たちはちっとも若くない。多くは40代か、中には50代に見える者もいる。

徴兵されたばかりの男たち
このビデオは X に載ったもの

ロシアとウクライナの武力衝突はまもなく2年になろうとしている。ごく初期に止める機会を逃したうえその後の対応がまずく、さらに悲惨なことになっている。ウクライナのすばらしい環境は破壊され、莫大なカネが浪費され、なによりも何十万もの若い兵士たちが死んでいった。何百万人もがウクライナから脱出した。もちろん若い男たちもだ。残った中年の男たち、地元に生活基盤があって徴兵からは逃れようのない人々が軍隊を引き継ぐことになるわけだ。

<死んでいった ワシントンポストの2023年3月13日の記事『戦死者と弾薬不足にるウクライナ側の悲観論』 日本語では読売がこの記事を紹介している>

若い兵士の次は中年の男たちが無駄な死に直面する。

戦争をたきつけ油を注ぐ米国政府

私の罪悪感をまず記しておきたい。この無意味な悲劇は我々のアメリカ合衆国政府がひきおこしたものだ。

米国政府はロシア側の警告を傲慢にも無視しつづけた。警告は毎年のように繰り返され次第にエスカレートしており、米国政府がウクライナを西側陣営と軍需産業とへ引き込む策を続けるなら、ロシア政府は戦争に及ぶ準備があるというものだ。ロシア政府はウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟に反対だったし、米国政府がウクライナへ秘密裏に、あるいは正面切って介入し、政治的不安定をたびたび引き起こし、ドンバス地方での内戦に加担したとして非難した。

<秘密裏 2017年のビデオ、1分31秒間、2014年のユーロマイダン直後に国務省のヌランド副長官と駐ウクライナ大使のパイヤットとの間でクーデターに関する会話が盗聴され、youtube に流れた。 会話内容は BBCのサイトにも掲載されている。>
<正面切って 2019年末のNPRニュース記事『ウクライナへの軍事援助』>

(NATOがロシアの面前で策を巡らせ裏工作を仕掛けているとロシアが非難しているのが不思議と思われるだろうか。何十年も前にキューバがソビエト側の反米同盟に参加したとき、我々<米国>は「核武装陣営が米国の面前で工作を始めた、米国に核戦争を仕掛けて世界を絶滅させる気か」と激怒したのだ。)

そもそもこのNATOは何を意味するのか。西側の加盟国陣営を総称する場合もあれば、明確な官僚機構をもった組織を指すときもある。後者の意味で“NATO組織”には多くの顔があるが、そのひとつに西側武器製造会社の営業部販売部隊という仕事がある。

“NATO組織”は加盟各国が毎年の経済活動から2%を軍事費に使えと執拗に吠えつく(さらにそのうち20%は人件費でなく武器や装備に使えと迫る。)NATOはこのことを2/20目標と称している。各国のGDPの2%を軍事費に、そのうちの20%を軍事産業に流せというのだ。

新規加盟した各国はNATOがでっちあげた2/20目標へ忠誠を誓う。各国はさらに自国の武器が他国と互換性をもつようにNATO基準を受け入れる。つまりはNATOが新しく加盟国を引きずり込むと、それは第2次大戦後のNATO結成以来19回も行われたが、西側軍需産業には何十億ドルのあぶく銭を約束し、さらに毎年同じぐらいの定期収入まで保証しているのだ。

<19回も行われた 9回にわけて合計19か国が加わった。>

これは大層なカネだ。ロビイストを雇えるし、戦争好きの政治家を米国議会などへ抱え込むこともできる。軍需の周辺でカネを稼ぐ会社や人間を作り出す。そういった者たちはNATOへの新規加盟とはボーナスの大幅増額と同じ意味だと理解している。さらに、もしNATOの拡大が戦争につながってしまったら、もちろんそれも大儲けというわけだ。「NATOはNATOが作った危機を管理する」ために存在していることをだれでも知っている。

2022年のロシアによる悲惨な侵攻が起きる何年も前から米国政府は銃や弾薬をドンバス地方へ流し込んでいた。ドナルド・トランプ政権がウクライナの内戦へ何億ドルもの武器供与することにゴーサインを出したのだ。その前のバラク・オバマは供与を断っていたが、オバマの理由は正当だった。ロシアは遠隔地よりも近隣諸国の方を気にするのだから我々が武力抗争をエスカレーションさせれば確実に対抗してくる。そうなれば我々には勝利がありえず、ウクライナの民衆には敗北しかないという理由だっだ。

ウクライナ兵士に話しかける上院議員

トランプが大統領になるや否や、オバマのあらゆる決定は“覆すべき資産”に変化した。米国製の武器がドンバス地方へ出荷されるようになる。トランプ時代は3人の上院議員たち、ジョン・マッケイン、リンゼー・グラハム、それにエイミー・クローブチャーがウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領(当時)と並んでウクライナの兵士たちを“励まし”ロシアが支援する独立派に対抗する内戦を煽る姿が珍しくなかった
グラハムは「あなた方の戦いは私たちの戦いでもある。2017年は攻勢の時代となるだろう」「私たちはワシントンに戻ったら、対ロシア政策を推進させる。ロシアの横暴はもうたくさんだ。ロシアに思い知らせてやる時がきたのだ」と煽っている。

<珍しくなかった 4分弱のビデオの1分10秒以降。グラハム議員が英語で兵士に語りかけている。通訳の声が聞こえる。>

ウクライナとの軍事的しがらみが強まっていたことなど米国市民はまったく気づいていなかったが、それが変わったのはトランプの最初の弾劾聴聞のときだ。ぼんやりと覚えている人もいるかもしれないが、トランプ側は武器輸出をテコにして、ハンター・バイデンがウクライナの石油会社に年俸100万ドルで雇われていた怪しげな契約を叩いて汚点を見つけだそうと、ウクライナ側に圧力をかけていた疑いがもたれていた。

<年俸100万ドル ハンター・バイデンは当時の収入700万ドルに対する140万ドルの脱税で起訴されている。ここでいう100万ドルは700万ドルのうちウクライナの資源会社Burismaから支払われたもの。2023年12月9日の記事>

問題となったトランプとゼレンスキー大統領との電話会談が歯ぎしりだの過呼吸だのを引き起こすよなものだったためか、メディアも政治ウォッチャーも東欧の武力抗争に米国から爆弾や銃弾を送ってロシア人やウクライナ人を殺すことに疑問を投げかけもしなかった。

<電話会談 mudium.comに掲載されたマット・ビブンスの記事、当時のトランプ大統領が当選直後のゼレンスキー大統領に電話でバイデン前副大統領からの要請を覆そうとした。ニューヨークタイムズに電話の記録がある>

ロシアによる侵攻の1年ほど前から緊迫した外交が続けられてきた。ロシアはCIAの秘密工作やその他の挑発をやめてウクライナからは手を引くように繰り返して要求し、少なくとも事態について交渉を要求していた。ワシントンはその要求を拒否しつづけた。

<CIAの秘密工作 ヤフーニュース『CIAがウクライナ軍を訓練していた』>

ロシアは結局ウクライナへ侵攻する。

こうなれば米国は大喜びのもみ手でさらに莫大な武器と資金とを抗争に注ぎ込む。戦争は規模も範囲も劇的に拡大した。米国議会は国内の道路や橋よりもウクライナでの戦争へたくさん予算を配分し、米国内の軍需産業の利益はうなぎ上りだ。さらに米国大統領がアラバマ州内の砲弾工場に演台を据え、普段なら大統領を取り巻いているお仲間の人類に代わってミサイルが“気を付け”で直立しているというシュールで味わいのある映像にもお目にかかれるのだ。

<道路や橋 2022年5月17日の“ファクトチェック”記事>
<軍需産業の利益はうなぎ上り 2022年4月17日>
<シュールで味わいのある映像 1分10秒、シュールかもしれないが、つまらない>

バイデン大統領がミサイルを従えてコマーシャル演説

後ろに並んでいるミサイルを誉めそやすバイデンの演説は、ドナルド・トランプのもはや歴史的でもある“トランプ・ステーキ”の売り込み文句のようだった。
「ここ、パイク郡の工場でも製造されているジャブリン・ミサイルはウクライナに届いています。移動が簡単なのです、どんな標的にも効果的です、400メートルも離れた目標にも命中します、“撃ちっ放し”ができるのです」
と、テレプロンプターに表示された原稿をみながらバイデンは工場の労働者に向かって自慢した。

<売り込み文句 トランプ本人が例のしかめっ面で喋っているトランプ・ステーキのテレビコマーシャル、1分46秒>

陳腐なインフォマーシャルはさておき、ロシア・ウクライナ戦争の1日目から明白だったのはウクライナはロシアの侵攻をとめない、あるいはとめられない、ということだ。ロシアに比べるとウクライナは国として1/3であり、軍備はさらに小さい。簡単な算数だ。そのウクライナに勝利をちらつかせて煽るのは、10歳の子どもに野球のバットを預けてボス・ゴリラをやっつけろとそそのかすようなものだ。それが米国のしたことだ。

戦争が必然的な転換点に差しかかっているこの時点で、いうなればゴリラが10歳の子どもを完全に打ちのめしてしまったところで、バイデンの軍需産業セールストークは皮肉というしかない。

バイデン政権が戦争資金として600億ドルの拠出を米国議会へ要請したところでウクライナの民衆のためという理由がまったく空虚になってしまった。そこで、アリゾナ州やペンシルバニア州を支援するためという口実に切り替えた。下の地図はその説明として米国議会へ渡したものだ。

米国各州に撒かれるウクライナ向け資金
ホワイトハウスが戦争を次段階に進めることを説明しようと米国議会へ流した地図をPoliticoが入手した。

<Politicoが入手した地図 武器・弾薬・軍用車両などの購入費用の行き先は アリゾナ州とペンシルバニア州がどちらも20億ドルでほぼ同額1位。3,4位はアーカンソーとウィスコンシンで13億ドルと10億ドル>

さらにやかましい脅し文句も加えられた。バイデン大統領は自らが要求したウクライナ支援の数十億ドルを米国議会が却下したことから、そのようなアメリカの弱腰は嘆かわしいばかりか、“現段階では検討する予定もなく存在もしていない現実、すなわち米国人兵士とロシアとの戦闘”という暗雲を呼び寄せるものだと批判した。議員に対する非公開の説明でバイデン政権の国防長官はそれを受けて、ウクライナ軍事支援のための予算を承認しないと「皆さんの叔父さんや従兄弟や息子さんたちが派兵されてロシアと戦うことになる」と述べたという。

<暗雲 ホワイトハウス公式談話、「ウクライナ支援を含む国防補正予算要求について」>
<ウクライナ軍事支援のための予算 タッカー・カールソンのツイートから引用、カールソンは保守系の評論家とのこと>

ウクライナに和平合意をやめさせた米国

ここで米国政府のさらなる、重大な、いまいましい行為が批判されていることに触れないわけにいかない。それは戦闘が始まってまだ数日のころに発生した「和平の勃発」という非常事態だ。そんなことになったら軍需産業の収入が絶たれてしまう。さらに、軍事企業レイセオンの役員から国防長官になったロイド・オースティンの狂信的な希望、つまりウクライナ戦争というすてきな機会をとらえてロシアを弱体化させるという夢も台無しになってしまうことだろう。

<レイセオンの役員 長官に就任するために役員を辞任すると、持っていたレイセオン株の売却益があるという記事>
<ロシアを弱体化 CNNの記事にあるオースティンの発言を引用して「あまりに大量の支援を早期に送ってしまうと戦争が終結し、ロシアの弱体化が達成できない、戦闘がエスカレートしてロシア対米国の直接衝突になる危険さえある」と書いている。>

ロシアは侵攻開始後に西側諸国が強い反応を示したことに驚いたようだ。事態を放置するわけには行かず、すぐに交渉する意図を示した。クレムリンのドミトリ・ペスコフ報道官は侵攻の12日後に、わずか12日だ、ロシアはウクライナが主な要求に応じればすべての軍事作戦を“直ちに”停止できる、と発表した。この主な要求の勘どころは以前と変わらない、NATOはウクライナに近づかないでくれ、というものだ。

<発表した ロイター記事、報道官は中立性を憲法に明記、クリミアをロシア領とする、ドネツク、ルハンスク地域を独立国とする、を要求したとされている。中立性とはいかなる同盟にも属さないことだと補足している。>

侵攻直後の数日間はゼレンスキー大統領も戦闘終結の意志があった。侵攻の2年前にゼレンスキー候補は対ロシア和平とドンバス地方の内戦終結を掲げて選挙に臨み、ウクライナ市民はそれを歓迎して2019年の大勝利となった。しかしドンバス地方のロシア寄り独立勢力との交渉に先立ち、中央政府寄りと見られていた戦闘グループを掌握しようとしたところ、逆に“敗北主義”だとして抵抗されたばかりか、暗殺の脅しまで受けることになった。(その戦闘グループをマッケインやグラハムら戦争好きの上院議員が賞賛し、資金も提供していることに注目してほしい。)

<2019年の大勝利 コメディアンのゼレンスキーが決選投票の結果74%対24%の大差で当選、ポロシェンコ敗れる>

ゼレンスキーがドンバスの前線を訪問したときの象徴的なビデオがある。大統領はネオナチのアゾフ大隊の下級兵士と口論となったが、兵士は司令官の命令には従わずに問題を次々とすり替えていった。このビデオは多数の国民が観たが、中にはゼレンスキーが次に前線を訪れたら誰かが手榴弾で大統領を暗殺するべきだという者もあり、それには国会議員も1人含まれている。

<象徴的なビデオ 2分ほどの編集され、英語字幕がついている。2022年4月3日の投稿>
<ネオナチ アゾフ大隊がネオナチと知りつつ西側メディアが“賞賛”するようになった>
<多数の国民が観た この『キーウ・ポスト』の英語記事では2019年10月26日に上記ビデオの口論があったらしい>

米国ではこの後にトランプ大統領の弾劾訴追が始まる。そこでの議論からは米国の外交政策筋が結束してウクライナ軍の側につき、ウクライナの和平陣営にはつかないことがわかった。ゼレンスキーは後ろ盾を失っていたのだ。ゼレンスキーがプーチンと和平交渉に臨んでもワシントンは支持しないと婉曲に示した。こうしてドンバス地方の和平が実質的に頓挫し、クレムリンは自ら解決を図ろうと直ちに侵攻を開始したところ、西側の意志は固く侵攻は強く非難された。ロシアは戦術核兵器を引き合いに脅そうと騒ぎ立てても手応えはなかった。状況は“恐怖”よりもずっと悪くなっていった。

しかしこの状況下でロシアとウクライナの代表らはイスタンブールで交渉を続け、すでに和平合意が成立しつつあった。文書もできあがり、暫定的という条件付きだが両国とも受け入れられるものになっていた。

戦争はそこで終結しただろうか。米国がキューバからソビエトのミサイルを撤去させたかったのと同じように、ロシアはNATOをウクライナへ入れたくなかったのだが、そのためのほんの数週間の戦闘だっただろうか。ゼレンスキーの公約に従ってドンバス地方に関する交渉を再開せよと迫っただろうか。

もちろん違う。直ちに行動開始したのはワシントンの策士たちで、見通しあったこの和平合意を積極的に妨害したのだ。

嘘ではない。ベルトウェイ<ワシントンDCを囲む環状道路>内側の住人がロシアの住民の意向もウクライナの住民の意向も押しのけて、ロシアとウクライナの両方を“米国の戦争”へ押し戻したのだ。

その子細を説明していこう。米国が“ウクライナの主体性”というとき、あるいは米国が“ウクライナなくしてウクライナの決断はない”と表現するときの偽善をしっかり見届けてほしい。この戦争はアメリカ合衆国の軍産複合体を養うために大変重要なため、戦争のゆくえを東ヨーロッパの農業国に決めさせるわけにいかなかったのだ。

あなたはウクライナの人々に共感して、あるいは人々の苦境をやわらげるために、武器や資金を送るべきだと考えているかもしれない。残念ながら、あなたはまたも裏切られたのだ。あなたの信頼が裏切られたのだ。

何十万人もが死んだ、「米国の資金がもっとも有意義に使われたのだ」

ホワイトハウスがこの残虐な結果にむけて和平交渉を撃破したことは、ウクライナの高官もアメリカの外交政策の専門家たち元ドイツ首相元イスラエル首相も、明らかにしている。

<アメリカの外交政策の専門家たち このリンクは正誤不明>
<元ドイツ首相 イランのPressTVが2023年10月22日の記事でシュレーダー元首相は米国がウクライナにロシアとの交渉を禁じたと述べている。>
<元イスラエル首相 InteliNews の2023年11月26日の記事ではナフタリ・ベネット元首相がyoutubeビデオの中で証言したとのこと>

「ウクライナ側が和平文書に合意しなかった理由は、それが許されていなかったからだ。彼らはまず交渉内容をすべてアメリカに申し出ねばならなかった」とゲルハルト・シュレーダー、元ドイツ首相はベルリナー・ツァイトゥング紙のインタビューで語った。元首相は「なにもかもワシントンが決めていたために何も起こらなかったというのが私の印象だ」と述べた。
イスラエルのはナフタリ・ベネット元首相も和平交渉に参加したが交渉を西側が妨害したという情報を肯定した。「基本的にそのとおりだ。妨害があった。間違っていると思った。」

<語った 2023年10月22日の記事>
<肯定した 自身のyoutubeチャンネルに公表したとのこと。>

ロシアのウラディーミル・プーチン大統領も部分的には同様の意見だ。タス通信によると先の夏頃行われたアフリカ諸国の代表者会談の席上、プーチンは2022年3月のイスタンブール和平交渉で作成された文書を掲げて「この合意仮文書はキエフ<キーウでなく>の交渉団代表が作成したものだ、ここに代表の署名がある」と署名を指し示したという。

<タス通信 短い英語記事。6月17日の記事とあるが、2023年らしい>

しかしここには公然の秘密があった。ワシントン・ポスト紙は2022年の4月の記事で報じており、その素っ気ない見出しは“ロシアと和平交渉はウクライナが決する、ただし条件付き–NATO”というものだ。

ワシントンポストの見出し

<見出し 2022年4月5日の記事。見出しは上記のとおりだが、さすがに本文には「署名のある和平文書が存在した」とまでは書かれていない>

お気づきだろうか。見出しには“NATOが述べた”となっているが、そのNATOが何であれウクライナが和平について決定することを制約するつもりだったのだ。その記事は次のように述べている。

「西側のウクライナ支援者は、ロシアとの戦争を終結するためキーウのあらゆる決定をを尊重すると宣言した。しかし両国間だけでなく地域や世界の安全保障に影響があるため、ウクライナによる譲歩は和平のためとしても制約があると示唆するNATO関係者もいる。

「ゼレンスキーが公式にほのめかしているようにウクライナがNATOには加盟しないと確約した場合、周辺諸国には懸念材料となりうる。現実はもっと奇怪であり、キーウがあまりに多くを譲歩して迅速な和平に達したとしても、ウクライナのみならずヨーロッパの他の国にとって負担が増えるため、ウクライナが戦闘を続け死者が増える方がマシであるとさえ考える関係者もいる。

言い換えれば、ウクライナのためではなく戦争の継続が常に優先されてきた。

そのために失われたものは何か。

ウクライナ軍の公式死者数は国家秘密だ。しかしニューヨーク・タイムズによると米国政府は兵士の死者は7万人、その他に12万人が重傷を負ったと推測している。死亡または重傷が20万人近くとすればウクライナ軍の40%に相当する。

<推測 「ロシア兵の死者は30万人と推測され、ウクライナ兵より多い」という文脈で語られている>

徴兵されたロシア軍の若い兵士たちの死亡率はもっと高い。この数字を讃えているのは反社会勢力であるリンゼー・グラハム上院議員やミット・ロムニー上院議員だけだ。グラハム議員は「(ウクライナが)最後の兵士まで戦っているのでロシア人が死んでいる」と賞賛し、「(米国の)資金がもっとも有意義に使われた」と意味深な笑顔で述べた。ロムニー議員もそれに応じて喜びを隠さずに「もっとも有意義に使われた国防費だ」と言い、さらに米国目線で「ひとりの米国人もウクライナでは死んでいない」と付け足した。

<意味深な笑顔 ウクライナ大統領府の文字がある11秒間のビデオ。グラハム議員の正面はゼレンスキー大統領>
<ロムニー議員 90秒間ほどのインタビュービデオ、編集して議員の発言部分を集めてある>

50万人もの若いスラブ人が、ロシア兵にせよウクライナ兵にせよ、殺されたり重傷を負わされたりしている。

何百万もの家族が避難民となった。

<避難民 国連難民高等弁務官事務所のウェブサイト。6,332,700人と表示される(2023年12月12日現在)>

米国政府はこの悲惨な現実を予見し、歓迎さえしている。

冷静な判断が現れて戦争が終結しそになった時、米国政府は戦争が続けさせた。

ジャーナリストたちは何をしていたのだろう。バイデン政権内の誰がゼレンスキー側に圧力をかけ、あるいは欺いて和平交渉を失敗させたのか、詳細な内部報告があるのだろうか。その報告書はきっと地下の文書庫にあってノルド・ストリーム・パイプラインを爆破したのは誰かという報告の隣にあるに違いない。

30万人が死なずに済み、ウクライナは破壊されなかった

ウクライナ国内にも米国の行動を批判する論調が目立つようになった。米国がウクライナ政府をイスタンブールでの和平交渉から引きはがしたことから、何十万人もの若者が死んでいく事態に押しやられてしまったと見ているのだ。

オレクシイ・アレストビッチはゼレンスキー大統領の上級補佐官として和平交渉に参加しており、彼も戦争はほんの数週間の戦闘だけで終結が目前であったと証言する。

「イスタンブールでの和平交渉は(ウクライナにとって)決してひどく不利なものではなかった」と語っている。交渉の難所はウクライナの公式NATO加盟をロシアが拒否していたことだけだった。「ロシア側は、いかなる条件であってもNATOはダメだ、ここは譲れないと主張していた。」

<語っている アレストビッチが(おそらく)ロシア語で話している90秒ほどのビデオ>

「(ウクライナがその条件を受け入れれば)20万人とか30万人とかは今日も生きていたことだろう。ウクライナが半分破壊されずに済み、地雷原になることもなった。」

アレストビッチは、ウクライナがNATO加盟の権利を主張し、それだけの目的で戦闘を続けるとの方針には、嫌悪を示している。NATOはウクライナに加盟の提案さえしていなかったのだ。NATO寄りの政治家は確かに何年もの間ウクライナのNATO加盟をちらつかせていたが、それは無責任なデマに近く、軍需産業のロビイングを通した相互依存の副作用といっていいものだ。ゼレンスキー自身は和平交渉の合間に「NATOがウクライナの加盟を(いずれにしても)受け入れないだろうとわかっているので、これについて私はずっとまえから冷静になっている」とABCニュースに語っている。

<ABCニュースに語って 「ABCニュースとのインタビューでゼレンスキーが語った」とニューヨーク・タイムスが報じている>

他の交渉課題についても、アレストビッチは、ロシアがウクライナへかなり譲歩しており、クリミア半島の領有に関しても交渉課題に含める意志を示しており、「我々(ウクライナ)も譲歩していたが、はっきりいって(ロシア側からの)譲歩は前代未聞といえるほどだ。そんなことはもう起こらないだろう」という。

アレストビッチは大統領報道官<原文のママ>だったが、ユーチューバーとしても人気があった。BBCは彼のことを“この戦争では最も知れ渡ったウクライナの顔である”と評している。今年になってから彼は補佐官を辞任しているが、その後、次の大統領選挙にゼレンスキーの対立候補として出馬すると発表した。(しかし戦争が続いていることから次の選挙がいつになるか不透明だ。)

<BBCは youtubeチャンネルに160万人が登録しているとのこと>
<発表した この記事によると辞任当時のアレストビッチはアンドリ・イェルマク大統領府長官の補佐役だった。前記BBCは大統領補佐官としている)>

ウクライナ側の和平交渉責任者だったダビト・アラハミアもアレストビッチの観測に賛成する。アラハミアはゼレンスキーの側近のひとりであり、国会では“民衆への奉仕者党”のリーダーでもある。“民衆への奉仕者”は俳優のゼレンスキーが有名になったウクライナの人気テレビ番組にちなんだものだ。

ゼレンスキーが主演ドラマのDVDカバー

アラハミアはインタビューの中で「フィンランドがそうしたように我々が中立性を受け入れれば(ロシアは)すぐに戦争をやめるだろう」と語っている。

<アラハミアはインタビュー (字幕無し)>
<アラハミアはインタビュー (英語字幕あり)>

アラハミアはさらに「しかし我々がイスタンブールから戻ってくると(当時のイギリス首相)ボリス・ジョンソンがキーウに来ていて『(ロシアとは)一切の合意をしない、戦闘を続けよう』と主張していた」と続けた。

<アラハミアはさらに 前出>

アレストビッチにせよアラハミアにせよ、<youtubeを含めた>ソーシャルメディアに公表されたビデオの下にある書き込みを見てほしい。英語やロシア語やウクライナ語で書かれていて、西側がウクライナの破壊に加担したとして怒りを隠さない。これは米国のメディアで報じられていない。少なくとも、今までは。

ある米国の高官もこのようなストーリーを大筋で認めている。昨年(2022年)Foreign Affairs誌に掲載されたブルッキングス研究所の2人の専門家による記事は下のように述べている。

<記事 前出>

「我々がインタビューした複数の元米国高官らによれば、2022年の4月にロシアとウクライナの交渉団は一時的解決の概要について暫定合意に達したと見られる。概要ではロシアがドンバス地方とクリミア全域とを掌握した2月23日時点まで撤退し、ウクライナはNATO加盟を進めないことを確約する代わりに複数の国から安全保障の“保証”を得る、とされていた。」

ほとんどロシアによる侵攻直前の状態に戻すというに等しい。実現可能な中ではおそらくこれが最良の合意だっただろう。しかしワシントンはこの交渉をまったく支持しなかった。メディアでもまったくといっていいほど報じられなかった。ドイツの、イスラエルの、ウクライナの高官たちが関与した交渉を米国が葬ったことがここではっきりした。

無為に死者を出しつづけた18か月

ロシアもウクライナも、すぐに戦争をやめることができたのだ。18か月前に。

我々の米国がそれを邪魔したのだ。

ホワイトハウスが交渉を支持したならウクライナとロシアは合意に達しただろう。ロシアはクリミア半島を手放さず、ウクライナは軍事陣営としては国際的に中立を宣言し、軍事産業は怒り、民族的にロシア系の色が強いドンバスとルハンスク地方はロシア政府寄りにとどまっただろう。

そのときから2年近く、ひどい惨禍とともに我々の筋書きで“達成”できた現状と比べれば、その合意はとてつもなく明るい成果をウクライナにもたらしたことだろう。

しかし状態はこのとおりだ。来春まで待機したなら、侵攻開始時より怒り、強くなり、妥協の余地もなく、西側の惨めな“弱点”を見つけたロシアは、次の交渉を始める前にオデッサ制圧を決心するおそれが十分にある。(あるいはキーウを制圧し、ガリシア系ウクライナ<西部>だけを残す可能性もある。)

ウクライナの各州

<ウクライナの各州、黒線内がおおざっぱにロシア制圧地域>

戦争を挑発し歓迎し、和平を阻止し、50万人もの若者を死傷させる政策を推し進めたのは米国だ。とんでもないことだ。戦争は終わる気配もない。西側諸国はもう嫌気がさしてきたのか突如として再び和平交渉などとつぶやき始めているが、これは賢さゆえか小心のためか。ロシア軍は優勢であり、この冬から春にかけて何千もの人が亡くなるだろう。何万、あるいは何十万ものスラブ人の若者を大量虐殺から救い出せる唯一の希望は、寛容か慈悲か政治手腕かまだわからないが、だれあろうウラジーミル・プーチンだけになってしまった。

<50万人もの若者を死傷 前出>


マット・ビブンス

マット・ビブンス
救急医師。救急科と薬物中毒科の資格を有する。911(日本の119)救急医療医学管理者。ロシア駐在の外事記者、新聞編集者、チェチェン戦争における記者を務めた。核兵器の脅威にも詳しい。