2%インフレの到来は誰を喜ばせるのか

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白川真澄

この冬から春にかけて、食料品、ガソリン・灯油や電気代、日用品の値上げが相次いでいる。1年前と比べて、食パンは9%、釜玉うどんは8%、牛丼は14%、マヨネーズは13%、食用油は26%、ガソリンは14%、灯油は33%、電気料金は21%(東電)、トイレットペーパーは15%、プリンターは17%の値上がりである。値上げしない商品でも、容量を減らすものも多い。

値上がりの理由は、何か。ひとつは、石油や食料などほとんどを輸入に頼る原材料や資源の価格の世界的な高騰である。産油国が脱炭素化による石油需要の減少を見越して増産や投資を控えているから、原油価格は高止まりする。食料も、異常気象などの影響で菜種や穀物の価格が急上昇している。ふたつは、円安の進行である。円は、1年前の1ドル=103円台から今年1月には115円に迫った。円安はいまでは生産拠点の海外移転が進んだため輸出を促進する効果が小さく、もっぱら輸入品の価格を押し上げるだけだ。

それでも、日本の消費者物価(CPI)の上昇率は0%台にとどまっている(昨年12月は0.5%、今年1月は0.2%)。他の先進国が昨年後半から急激なインフレに見舞われているのとは、対照的だ。米国のCPIは7.5%(1月)、ユーロ圏は5.1%(同)、イギリスは5.4%(12月)の急上昇である。米国では、エネルギー価格の高騰やサプライチェーンの混乱に加えて、労働者の大量の自発的な離職が起こって労働力不足が生じ、賃金が上昇している(平均時給は1月には5.7%増)。こうしたことが、インフレを引き起こしている。米国のFRB(中央銀行)は、「雇用の最大化」優先からインフレ抑制を優先する立場に転換し、金利引き上げの方針を打ち出した。

日本だけが物価上昇率1%にも届かない低インフレなのだが、携帯通信料金の大幅な引き下げが物価を下げていて、これを除くと実は2%近くになる。さらに、企業物価と輸入物価が急激に上昇していて、1月には企業物価が8.6%、輸入物価が37.5%も増大した。企業は売り上げが落ちることを恐れて、このコスト上昇分を小売価格に転嫁できずにきたが、それも限界である[図参照]。こうして、商品の相次ぐ値上げが始まった。携帯通信料の引き下げ効果が消える春には、消費者物価は2%にまで上昇するだろうと予測されている。

出典: Nikkei

「悪いインフレ」

日本は長い間、低インフレから抜け出せずに来た。アベノミクスは「2%のインフレ」達成を目標に掲げ、日銀が大量のマネーを市中銀行に供給する「異次元の金融緩和」を続けてきた。「デフレ」(物価の継続的な低下)ではなくなったが、13~19年のCPIは年平均0.8%にすぎなかった。マネーを増やせば物価が上がるという貨幣数量説にもとづく金融緩和政策の失敗は、明らかであった。

政府や日銀が描いたのは、賃金が上がり、その上昇分を企業が価格に転嫁することで起こるインフレであった。賃上げを伴う「良いインフレ」である。ところが、賃金が増えないまま資源高と円安によって「想定外」の形で「2%インフレ」目標が達成されようとしている。賃上げを伴わない「悪いインフレ」の到来である。これは、確実に低所得者の家計を直撃する。内閣府の試算では、電気代や灯油・ガソリン代の値上がりは低所得層の負担を年2万5千円近く、食料品の値上がりは年4千円増大させる。

「2%インフレ」の到来で笑うのは、安倍元首相と黒田日銀総裁だけである。泣くのは、賃金も年金も上がらない人びとなのだ。


付記:ガソリン価格高騰への対策としてガソリン税の引き下げが検討されているが、CO2の削減促進の観点からすれば、とんでもない愚策である。日本の炭素税はCO2の1トン当たり289円と、国際的な水準の10分の1以下にとどまる。ガソリン税を税率を維持したまま炭素税に組み替えていくことが求められている。ガソリンや灯油の値上がりで苦しむ低所得者や地方在住の人びとへは、補助金を給付する政策を採るべきだ。

(2022年2月25日記、「つながる通信」第9号)

追記/ウクライナ侵攻と気候危機が加速するインフレ

ロシアが理不尽にもウクライナへの軍事侵攻に踏み切った。戦争の勃発に加えてロシアへの経済制裁によって、世界市場での主要品目の4割の価格が過去最高値になり、世界的なインフレがますます勢いを増しつつある。なかでも天然ガス・原油と小麦は、ロシアが主要な生産国の1つである。小麦は、ロシアとウクライナだけで世界生産の3割を占める。それだけに、供給が急に制限されたため値上がりがものすごい。天然ガスは侵攻前の約4倍、小麦は約1.3倍の急騰である。

資源と食料を輸入に依存する日本では、ガソリンと小麦がさらに値上がりしている。スーパーで売られる鮮魚類が値上がりしていることに気づいたが、漁に出る漁船の燃料費が高騰しているからだ。カップヌードルなども、輸入小麦の価格急騰で6月に値上げになる。立ち食いそば店のそばも、ロシアからの輸入に多く頼っているから、値上げは必至である。「悪いインフレ」がまちがいなく到来する。

現在の石油や小麦の激しい値上がりは、戦争という政治的出来事による一過性の現象だと言える。しかし、いま起こっているのは、気候危機の深刻化という構造的な変化が引き起こす事態の前触れでもある。地球温暖化が招く異常気象は農作物に大きな打撃を与え、食料価格の高騰を引き起こすからだ。また、脱炭素化への流れは、原油生産の抑制や炭素税の引き上げによってガソリン価格を高止まりさせる(グリーンフレーションと呼ばれる)。

ガソリンや食料の値上がりが恒常的に続く時代を迎えているとすれば、私たちはどうすればよいのだろうか。目先のインフレ対策としてガソリン税や消費税の引き下げに走りがちだが、長い目で見れば有効な対策にはならない。化石燃料に代わって再生可能エネルギーの普及を加速し、食料の輸入をできるだけ減らして地産・地消に力を入れ自給率を高める。価格高騰をきっかけにして、省エネを徹底し、食品ロスをなくす。経済と生活のあり方を根本から変えていく取り組みが、さし迫った課題になっている。

(3月15日記)