テレワークと格差

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白川真澄

新型コロナの大流行は、私たちの社会や生活のあり方を大きく変えた。テレワークの急速な広がりはその代表例だが、多くの企業はコロナの収束後も継続する予定と言われている。

テレワークを経験した人は、内閣府の世論調査では34.6%、東京23区では55.5%。日本生産性本部の調査では29%、LINEの調査では35%であった。そのメリットとして挙げられたのは、何といっても長時間の過密な通勤地獄から解放されたことである。『週刊東洋経済』の調査では、「通勤時間が省ける」と答えた人が69.2%にも上る。例えば神奈川県の居住者の平均通勤時間は往復1時間39分だから、それだけの時間が省けることから得られる恩恵は大きい。

ところが、面白いことに仕事の生産性が上がったと感じた人は、ひじょうに少ない。日本生産性本部の調査では、むしろ66%が「仕事の効率が下がった」と答えている。職場で仲間との雑談からアイデアが生まれる機会が失われたこともあるようだが、住環境の貧弱さや格差が影響している。自分の仕事部屋を持っていれば別だが、台所の食卓でPCを開いている人が少なくない。小さな子どもがまとわりついてくるのは避けられないし、女性には余計に負担がかかる。仕事に集中できる住環境の整備なしに、在宅勤務を進めようとして無理がある。

それだけではない。テレワークは、働く人びとのなかに格差を拡大している。LINEの調査では、テレワークの実施率は、従業員が1~2万人の大企業では65%に対して、1~10人の小さな企業では12%にすぎない。またパーソナル総研の調査では、正社員が27.9%に対して非正社員は17.0%にとどまる。派遣や契約の労働者は、感染リスクを避けるために在宅勤務を望んでも認められないケースが続出したのである。

IT分野を筆頭に大企業本社の正社員はすぐにテレワークに移ったが、非正社員の多くは取り残されている。そもそも医療や介護、飲食、小売り、建設業や製造業、配送、清掃などの現場は、テレワークに適さない。自分の身体や手足を使って働き、サービスを提供しなければならない。その分だけ密な接触が求められ、感染に怯えながら働きつづけるしかない。そして、飲食、小売り、介護などの分野は、非正規で働く低賃金の労働者が圧倒的に多い分野なのだ。

外出制限によってネットショッピングが急増したために、コールセンターや物流センター・配送の仕事が超多忙になった。コールセンターでは個人情報を扱うという理由で在宅勤務が許されず、”3密” のオフィスで多くの非正社員が働くことを強いられた。配送の仕事をする労働者は顧客との接触を避けられない上に、急増する業務量に追いまくられて「やめたくなった」と、私にこぼしていた。

米国では経済のデジタル化が進むにつれて、一方ではIT分野でテレワークに従事する高賃金の労働者が、他方では身体を動かして飲食・清掃・配送・介護などのサービスを提供する低賃金の労働者が増えている。働き方の両極化と格差拡大である。テレワークの広がりは、日本でも同じ問題が現れることを告げた。

そして、在宅ではやれない医療・介護、配送、清掃などの仕事は、社会生活を維持する上で不可欠な労働(エッセンシャルワーク)であると、あらためて認識されつつある。だとすれば、”感謝”の気持ちを拍手で表したり慰労金を支給するだけで済ませてはなるまい。こうした労働の社会的評価(報酬=給与)を抜本的に引き上げると同時に、この分野に社会の資源(お金と人材)を集中的に投入していく変革が求められる。(2020年6月30日)